42.尾張一の宮
94_ラッパ
19世紀_天狗
1894年、日清両国が朝鮮に出兵して日清戦争となる。
当時の日本は江戸幕府が倒れて、明治政府となリ、急激な欧米化の道を進んでいた。
太平天国の乱やアロー号事件で、政治の無能と軍隊の弱体ぶりをさらけ出した清国では、曾国藩らが中心となって洋務運動が繰り広げられていた。だが、その実体は軍事訓練を中心とした西洋技術の受容にとどまリ、真の近代化にはほど遠いものであった。
1894年、朝鮮に東学党の乱がおこった。朝鮮の李朝は清国に鎮圧をたのんだが、清が出兵するや日本も朝鮮に出兵したので、日清戦争となった。結果、近代化にー歩先んじた日本が武力で清を圧倒して勝利をおさめた。翌1895年下関条約が結ばれ、,朝鮮の独立、賠償金の支払い、澎湖諸島・遼東半島・台湾の割譲を認めた。遼東半島は、ロシア・ドイツ・フランスの三国干渉によって清に返還された。
日清戦争は、朝鮮で東学党が反乱のラツパを吹きならしたのが原因。結果は、列強がよってたかって中国を分割する利権争奪に拍車をかけた。