35.名古屋・名古屋駅
11_アイ国心
20世紀_ともさかりえ
1911年、辛亥革命おこる
いよいよ革命の年がきた。名古屋駅前に集まった群集。これは革命のために結集、武装蜂起した群集なのだ。彼らは口々にアイ(11)国を唱えた。愛国心のかたまりであったといってよい。
ことのきっかけは、清朝政府が鉄道国有令を発令したこと。鉄道国有に反対する暴動が9月四川省におこった。10月には武昌の軍隊が革命軍に加わり、やがて中国本土の3分の2が革命派の占めるところとなった。
翌1912年2月、宣統帝が退位を宣言して清は滅亡、ここに中華民国が成立Lた。初め孫文が臨時大統領となったが、清朝の総理大臣であった袁世凱にその地位を譲った。
◆孫文······中国革命の父といわれる。1905年中国革命同盟会を組織し、三民主義をえてその指導理念とした。彼は辛亥革命の最中にアメリカにいた。革命の軍資金調達のため、イギリスに飛んだがロンドンの財界人は孫文に冷たく、思うぞんぶん金が集まらなかった。辛亥革命は一応成功したが、清朝の総理大臣袁世凱にその地位を譲らなければならなかったのは資金不足の為。1925年3月、孫文がその死に際して残した言葉は「革命なお未だならず」ー思うぞんぶんにはテンで足りなかったことが窺われる。